
「それをやって、一体どんなメリットがあるのか?」「投資対効果(ROI)は?」「その研究は何の役に立つのか?」
現代の日本社会、特に研究やビジネス、キャリア形成の場において、私たちは行動を起こす前から、あまりにも「最初から結果が見えること」を求めすぎていないだろうか。他人の成功体験を本で読んで、ショートカットできた気になっていないだろうか。無駄を省き、最短距離でゴールへ向かおうとする姿勢は、一見すると効率的に思える。
しかし、ROIが明確で予測可能な行動ばかりを選択し続けることは、実は真の答えに辿り着くための「大いなる遠回り」になっているかもしれない。なぜなら、事前に計算できる予測など、大抵は他人も思いつく陳腐な結論にしかならないからだ。最初から見えている答えに最短距離で向かおうとする行為自体が、未知のブレイクスルーから私たちを遠ざけていることに、そろそろ気づくべきだろう。そういう意味でも、発見や革新というものは、いつも小さく始まるものなのだ。
では、何がもっとも大きなリターン(見返り)をもたらすのか。それは、未来の着地点を一旦忘れ、現在においてひたすらに強烈な「ドット(点)」を打つことだ。この無骨とも言える感覚こそ、タイムパフォーマンスに追われる者たちが忘れかけているものである。
ここで言うドットとは、単なる「経験」や「思いつき」ではない。明確に「完了した成果物」あるいは「達成した事柄」を指す。どんなに小さなプロジェクトであれ、一つの企画書であれ、自作のプログラムであれ、たとえ低インパクトな英語論文であっても、最後までやり切り、形として残すこと。中途半端な作業はドットとして定着しない。「完了」「完徹」させて初めて、それは確固たる一つのドットとして自身の地図に深く刻み込まれるのだ。
そして、このドットは一つの専門領域に留まる必要はない。むしろ「分野を超えたドット」を打つことこそが、未来が予測不能な現代における合理的な戦略となる。一見するとまったく無関係に思える、別分野で生み出した成果物たち。それらが後年、思いもよらない形で結びついたとき、初めてあなたにしか描けない独自の「線」となるのである。
同時に、ひたすら前を向いて新しいドットを打ち続けるだけでなく、「過去のドットを見つめ直す」視点も忘れてはならない。昔、何気なく完徹させて放置していた成果物が、現在の別のドットと結びつき、目の前の課題を解決する強力な武器に化けることは往々にしてある。過去の自分との対話もまた、未来を拓くための理にかなったプロセスなのだ。
さらに、この一連のプロセスにおいて欠かせないのが「ノイズを楽しむ」という感覚である。もちろん、ノイズ(無駄、寄り道、雑音)ばかりの日常では成果物は生み出せない。しかし、ROIで測れない余白や偶然性を排除しすぎると、発想は驚くほど貧困になる。時にノイズを受け入れ、面白がる心の余裕こそが、予期せぬ場所にユニークなドットを打たせてくれるのだ。
お気づきかもしれないが、ここで伝えたいのは、スティーブ・ジョブズが2005年のスタンフォード大学卒業式スピーチで語った「Connecting the dots(点と点をつなぐ)」という思想の、私なりの拡張解釈である。
最初から美しい右肩上がりの「線」を引こうとするのは、もうやめにしよう。まずは目の前にある興味や課題、あるいは熱狂に対して、一つひとつ「完了した成果物」という強烈なドットを打ち込んでいく。それは、幼少期や青年期には見向きもしなかったドットかもしれない。だが、そんなことはお構いなしでいい。一見バラバラで無軌道に見えるそれらのドットが、後で振り返った時に初めて、圧倒的な太さと魅力を持つ「線」となって浮かび上がる。

それこそが、最もスケールが大きく、本質的な成果を手にするための確実な道なのである。